2012年06月

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秋田県のJR奥羽本線 大館駅から小坂鉱山まで、かつて同和鉱業 小坂鉄道という
私鉄が走っていました。晩年は小坂精練
小坂線と、名前を変えてましたね。
 
この鉄道、他のローカル線と同じで、乗客減少により旅客営業は平成6年9月いっぱいで廃止に・・・。
 
その後は、小坂鉱山で製造された危険物の濃硫酸を、秋田市まで運ぶ貨物列車は存続されてましたが、小坂精練が濃硫酸の製造を中止したため、平成21年に鉄道線が廃止になってしまいました。
 
 
 
廃止になる前、何度か訪問した時の写真を、スキャンしてみました。
 
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大館駅で発車を待つ、小坂行きディーゼルカー。車内はセミクロスシートで、
台車はコイルばねだけど、乗り心地は良かった記憶があります。
晩年は一日7往復の運転でした。
 
 
 
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大館駅を発車するとすぐ、大館市街中心部へ向かう大通りに、踏切警手
さんが手動で遮断機を操作する、大きな踏切がありました。警手さんが
持ってる白い旗は、踏切が閉ってる事を運転手さんに伝える合図です。
 
そして、これも懐かしい、腕木式信号機が門構えの上に
 
 
 
 
 
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 手すりの無いガーター橋を渡り、段々と山間に分け入って行きます。
 
 
 
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 木柱のハエタタキ、懐かしいでしょ~。
ローカル線だから、ケーブル少ないけどね。
 
 
 
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大館~小坂は23km。茂内駅は、線内唯一の交換駅。
側線が4本ある大きな構内ですが、線路は錆びて草むしてました。
 
 
 
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茂内駅を通過する、小坂行き貨物列車。
 
走りながら、機関士さんがタブレットを受け取るシーンを撮りたかったのですが、タイミングが0.01秒遅かった~(^^;)ホームから降りての撮影、
もちろん駅員さんに許可をもらって撮りましたが、おおらかな時代でした。
 
 
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 上り貨物列車の小坂→茂内間は、途中に急勾配があるので
機関車が3重連になり、鉄道ファンには有名な存在でした。
 
この日は赤いDD13が1台検査中で、岡山県の同和鉱業片上鉄道から
移籍して来た、予備機のDD13 556が先頭でした。
 
茂内到着後は、前の機関車2台は切り離されて、
小坂へ重単で帰って行きます。
 
 
 
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エンジン全開で急勾配へ挑む3重連
 
 
 
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  茂内駅に進入する手前にあった場内信号機は、
腕木式が3本も並んでました。
 
 
 
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緑の中を行く、キハ2100型気動車。
 
 
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 旅客営業最終日の1994年(平成6年)9月30日は、
3両連結して最後のお別れ・・・。
 
この日は台風が来て散々な天気でしたが、帰る前の最後のカットを
撮影時には、雨はやんでくれました。
 
あれからもう18年も経つのですね。
 
 
 
 
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全国に点在していたローカル私鉄、今年は長野電鉄屋代線と、青森県の十和田観光電鉄が廃止になり、地図上からどんどん姿を消してしまいます。
 
私ら鉄道ファンは、後世にその存在があった事を伝えていこうと、写真を撮ったりお別れ乗車したりして、一過性の事として終わってしまいます。
 
しかし、地元で車を運転できない地元の高校生やお年寄りは、廃線という現実を、どんな気持ちで受け入れているのでしょうね?
 
 
 

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100円ローソンで見つけました。

ほのかなホタテ味が病み付きになりそう

販売元が、北海道なのがまたイイですね

梅雨に入り、せっかく日が長い季節なのに、朝からピーカン
晴れの日って、なかなか無いんですよね~。でも、昨晩の
天気予報では、さいたま市地方は、朝から晴れの予報
 
早起きしたら予報通りの、ブルトレ朝練して来ました 
 
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初夏の朝日を浴びて、終着上野駅へラストスパート、寝台特急あけぼの号。
 
南浦和~蕨のSカーブアングル。人気の場所ですが、今朝は先客は
お2方だけ、通過時は4人でした。皆さん背の高い脚立を持参
してましたが、私は自転車の荷台を、脚立代わりに撮影
 
 
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振り返ってお尻も。今日のカニ24は、貫通ドア付きの100番台でした。
 
ブルートレイン、いつまでも走り続けて欲しいですね。
 
 
 
 
 

昭和57年(1982年)6月23日、東北新幹線が大宮~盛岡間で暫定開業
しました。私は当時高校年、あの日からもう、30年の月日が経つんですね。
 
そして先日の、平成24年6月23日(土)、大宮開業30周年を記念して、
大宮駅ではイベントが、そして記念列車が大宮→盛岡で運転されました。
 
 
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改札外のコンコースでは、8:40頃から、記念式典が行われました。
昨日、大宮球場に居たコバトン君、今日も朝から忙しそうすね~(^^)
 
 
 
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紙吹雪が無い、ちょっと控えめなくす玉が割れて、撮影タイム。
駅長さんの白い制服、カッコイイなぁ~!
 
 
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写真の展示には、行きかう地元の方々も、立ち止まって見ていました。
 
 
 
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 さて入場券買って、新幹線ホームへ。
 
 この日だけ運転の、大宮始発、全席指定  の臨時やまびこ235号は、もう入線して
 いました。
 
 開業当時と同じ200系電車で、オリジナ  ルの緑色に塗り替えられたK47編成が
 充当されました。
 
 時刻表に、ちゃんと掲載されていますね。
  
 昨日の大宮始発の臨時ブルートレイン同  様、撮影時間が限られているので、さぁ~
 忙しいぞぉ~
 
 
 
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東海道新幹線の今は亡き0系と同スタイル200系。N700系も、はやぶさも
カッコいいけど、私的にはやっぱ新幹線と言えば、この形この団子っ鼻です
 
 
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くす玉同様、ちょっと控えめなロゴマークですね。
でも、シンプルィズベストかな。
 
 
 
 
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ドアの横には、こんなステッカーも。
 
 
 
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200系電車は、現在は上越新 幹線のみで運用されています。
 
やまびこの表示は、もう見られないのかな?
 
LEDなのがちょっと残念・・。
 
 
 
 
 
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ホームの案内表示にも、東北新幹線大宮開業30周年記念号の表示が
 
 
さて、先頭部分に行こうと思ったら、報道関係者以外は締め出し・・・。
 
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反対側のホームもご覧の通りのパニック状態なので、仕方なく発車の合図の
シーンは、この位置から、頭の上にカメラを上げて、ノーファインダーで。
 
あの新幹線独特の「ファ~ン」って警笛を鳴らし、盛岡へ向けて出発進行
 
 
なお、この緑色の200系新幹線、翌日にはもう、上越新幹線とき号で
サイドの30周年ステッカーはそのままで、いつもの運用に戻っていました。
 
 
 
 
 
 
 

昨日は、年に数回だけ開催の県営大宮球場で、西武ーオリックス戦があり、
同じ夜に偶然にも、大宮始発の臨時ブルートレイン急行「平泉・いわて物語号」も走るので、これはもう、両方組み合わせて行かなくちゃ!って事で、テツ&
野球好きの仲間3人で、野球→テツしてきました。
 
午前中は雨で試合開催が危ぶまれたけど、昼ごろには雨が上がって!
私は雨男なんですけど、他の二人が晴れ男なんですね(^^;)
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西武の先発は、ベテランの石井投手。
日米通算200勝まで、あと20勝ぐらいかな?
なんとか達成して欲しいですね。
 
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試合は3-3で延長戦に。ブルトレの大宮発車が22:25なので
ソワソワしだしたけど、3時間半特別ルールで、10回引き分けで終了。
急いで球場を後にして、大宮駅へ。でも歩いて20分ぐらいかかります。
 
 
なんとかブルートレインの大宮入線、22:07に間に合いました。
 
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 F65 1105牽引。昔のブルトレを彷彿させる編成美です!
 
 
 
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テールサインは臨時じゃなくて「急行」
 
 
 
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しかも、6両すべてが白帯編成で統一されてました
 
 
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私らと同じで、野球から流れて来た方も、結構いらっしゃいました(^^;)
 
 
 
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先頭部分は、もうコレ、お祭り騒ぎ状態。こんな雰囲気は久しぶりかも(^^;)
旧友の顔もチラホラ。
 
発車までの停車時間は18分。あっという間に時間は過ぎて行きます。
らちが明かないので、7番線ホームへ移動。
 
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案内表示には、列車名の前にちゃんと、ブルトレマークが
この臨時列車は、翌日の東北新幹線大宮開業30周年記念日に
ちなんだ、一日だけのブルートレイン盛岡行の復活劇でした。
 
 
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定刻22:25、盛岡へ向けて出発進行~
方向幕はシール貼りだけど、国鉄書体字で、うまく表現されていますね。
 
 
 
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発車を見送っていたら、窓にこんなのが
新幹線開業前まで走っていた上野~盛岡間の寝台特急ブルートレイン
北星号のトレインマーク乗客が個人で用意したのでしょうね。
 
さて、翌朝は、大宮駅新幹線ホームへ行く事にします。
 
続きはまた後日に

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